働き盛りの43歳が、4か月ほどニートしてみた

スタッフの経験

久しぶりに、しっかりとしたニート期間を過ごしたので記事にしておく。

背景

仕事行きたくねえなあ、仕事したくねえなあ。
ああ、ずっと寝てたいなあ。

誰しも、そう思ったことがあるはずだ。
しかし、なかなかそうはできない。

まず、金の問題。働きもせず食っていける奴は、そうそういない。
いくらか蓄えはあっても有限であるし、頑張って貯めた金が溶けていくことは気分が悪い。

それに、いまの仕事を辞めたとして、次を見つけることができるだろうか?という不安や、退職や転職の手続きを経て「次の仕事探し」を完遂する面倒くささ。
また、大人ならわかるだろうが、不満があって今の仕事を辞めたとしても、その不満が次の仕事で完全に解消されることなんてないし・・・という諦め。
そんな中、慣性の法則の作用によって、「今の仕事」を続けることになる。

あと、働かないことに対する不安。
身内や社会からの目というのもあるが、「働いていない」という事実は、真面目に毎日仕事をしている人ほど、真面目に毎日仕事をすることができる人ほど焦燥感を覚えるものだ。
これが、ニートをするにも才能が要ると言われる所以だ。

だから、普通の大人はニートなんてしない。

だが、思うところあってニートしてみた。
その時に思い、感じた話。

ニートの期間とその理由

期間は、2024/11から翌3月半ばまでの4か月間ちょい。

そもそも現場にいてくれと慰留はされていたのだが、リスケや稼働延期が常態化し、表面的な進捗を保つことに腐心する管理者層、そのために筋違いの責任を押し付けてくる連中、保身のために嘘をついてばかりの連中、そんなクソ現場に居残るほど、お人よしでもなければ仕事に困っているわけでもない。
誰の話を聞く気はなかったし、実際誰の慰留も聞かず、しれっと抜けたのが2024/10月末。

ところで、俺は毎年の年末年始、車で九州に釣り旅をしている。
年に一回のことだから、とても大切にしているイベントだ。

とっとと抜けたかったから抜けたのだが、ここでさっそく次の現場に入ってしまうことで、年末の釣り旅への負の影響が懸念されたのだ。
かといって入ったばかりの現場で、開口一番に年末年始の休みの話をすることも憚られる。

よし、じゃあ年末まで休むことにしよう。
年明けからの現場は、12月に入ってからでも決めたらいいんだし。

そんなわけで、久しぶりにニートすることにしてみたわけ。

もっとも、年明けからの現場復帰はエージェントがロクに動かなかったので伸びてしまったが。
(何年か仕事をしていたエージェントだったが、結局これが切っ掛けで縁切りとなる)

しばらくは、呆けるだけ

今までも、案件と案件に少し間が空くことはあった。
だから、これは経験がある。

締め切りが近々でやらなければならないが棚上げしていたようなことを片付けたら、あとは呆けるだけだ。
ボケーっとしたり、昼間からダラダラとYouTubeを見たり、ゲームをしたり。

とにかく呆ける。
もったいない時間の使い方をしているのだろうが、ボケっとできるのは時間があるからだ。
そして、そういう一見ムダな時間が蓄積した疲労の回復を促すことを俺は知っている。

今日も一日、まったく生産性のない一日を過ごしたなあ。
でも、それでいい。

うしろめたさを抱えるな

まず、ニート期間というのは早起きする必要もなければ何をする必要もない。

で、先述の通り生産性のない一日を過ごすことで心身の回復を図ったりする。
ここで、「ああ、今日も何もしなかったなあ、あれもすべきだったし、これもできたはず」なんて思ってはならない。

これが、うしろめたさを抱えてはならないということ。
だって、そんなことを思ったところで何のプラスにもならないし、むしろ折角のニート期間なのに水を差すマイナスだ。楽しみを損なってしまう。

とはいえ、働くこと=良いこととする日本では、働いていないこと=悪いこととされてしまう。
だからこそ、「俺いまニートなんだよね」とオープンにしちゃった方がいい。
どうせごく近い将来、また働き始めるんだから。
期間限定で無職やってまーす、って感じで明るいニートを演じよう。

そこでゴチャゴチャ言ってくる奴は適当にかわせばいい、ヘラヘラしてればいいの。
だって、働きアリが遠吠えしているだけであって、優雅なキリギリスがマジレスする必要はない。

毎日毎日、ちゃんと仕事をしている(していた)わけで、今はそうでない、イレギュラーな期間なわけ。
早起きや生活ルーチンから期間限定で解放される、貴重な期間なわけ。

だから、うしろめたい思いなんて感じることはない。
楽しもう。

「ヒマができたらやろう」は、一生やらない

忙しくしているときは、時間もないし疲れもあるから、色々と手が回らない。
あークソ、あれもやんなきゃ、これも見ておきたいな、でも他も気になる、ヒマができたら・・・

そんなの、やんねーよ。全然やらない。

いや、正確に言えば、いくらかはやった。
大豆を煮るところから納豆を作ったり、天草から寒天を作ったり、ラー油を作ったり。

でも、前から行きたいと思っていた店には相変わらず行かないままだし、書くべきブログの記事は溜まったままだし、読もうと思っていた本は積みあがったままだ。
釣りブログもグルメブログもサボったままだし、ナレッジをまとめることもできていない。

そもそも俺の腰が重いってのもあるが、ヒマができたらやろうなんて、結局やらないんだ。

俺が駆け出しの頃、現場で活躍していたシニアコンサルが言っていた。
「時間はね、できるんじゃなく作るんだよ」と。

結局、そういうことなんだろう。
やるべきことがあるならば、余裕が生まれることを待つのではなく、忙しい中で無理矢理やるべきなんだ。

だからこそ、できる奴はアクティブな奴だし、アクティブな奴にはできる奴が多いのだろう。
陰キャには面倒くさがりが多いし、面倒くさがりにはできる奴が少ないのだろう。

規則正しい生活はキープした方がいい

ニート期間中は、早起きする必要はないし、タスクもノルマもない。
だから、朝まで起きていても構わないし、昼まで寝ていても構わない。

ただ、ある程度は規則正しい生活をした方がいいし、キープした方がいいと思っている。
別に毎日6時とか7時に起きろということではないが、朝と呼ばれる時間帯に起きてメシ食って、昼頃にはメシ食って、晩メシの時間帯にメシ食って、深夜になる前には寝た方がいい。

ひとつは、一生ニートをするのでなければ、そのうち労働戦線には復帰するからだ。
そのときは規則正しい生活や昼型の生活に戻さざるを得ないが、シンプルに苦労する。

もうひとつは、人はそもそも昼型の人が多いし、規則正しい生活の方が体に与えるダメージが少ない。
心身を休め回復をさせるべきニート期間中に、ダメージを与えてどうする。

もちろん、いろいろな義務から解放され、好き放題に過ごしていい期間だから、いくらかの不摂生ややりすぎはいい。
でも、それが常態化すべきではないと思う。

素敵なニート期間を過ごし、いずれくる労働戦線に復帰するときのためにも、リズムは乱すべきでない。

復帰後に思うこと

今現在、俺は現場に復帰している。
(もちろん同じ現場でも客先でもなく、環境は変わっているが)

結果から言うと、ニート期間が与えた負の影響は、あまりない。
ゼロとは言わないが、大勢に影響はない範囲。

恐らくその原因は、新しい現場でまだ緊張していること、「仕事だから」で緊張感を維持できていることかと思う。
あと、コロナ前ぶりにオンサイトでプロジェクトに参画しているので、久々の「おーこれこれ」感を楽しんでいる面もあるのだろう。

緊張は力みや疲れも生むが、余計な発言や非常識な言動のブレーキとなる。
ニート気分のままでいると、家や事務所にいるときと同じように爆音で屁をぶっぱなしてしまったりするものだが、緊張のおかげで無意識にやってしまうことを抑えられる。
人として当たり前だって?まあそうかもしれない。

ただ、ここ数年は殆どフルリモートだったため、小一時間の通勤が苦痛ではある。
ほぼオンサイトなの、どうにかならねえかな。

というわけで、元気にやってます。
これも、ニートしていたとはいえ、生活リズムも心持ちも、現場仕事をやらない以外はニート前と変えずにいられたことが良かったのだろうと思っている。

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